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Prince Paul プリンス・ポール
輝かしい経歴を持つ革新的プロデューサー、プリンス・ポール(ステッツァソニック、デ・ラ・ソウル、ハンサム・ボーイ・モデリング・スクール、グレイヴディガズ、ザ・ディックス、などの首謀者でもあり、ブギーダウン・プロダクションズ、ビッグ・ダディ・クレーン、MCライト、サード・ベースなどの作品もプロデュース)。彼はヒップホップの歴史的傑作の背後で存分にその偉大な才能を発揮してきた。例えばデ・ラ・ソウルが89年に発表したデビュー・アルバム『3フィート・ハイ・アンド・ライジング』は、多岐に渡る音源(ジャズ/ポップス/ロック/ファンク〜コメディや英会話の教科書まで)のサンプリングによって構築されている。結果、このアルバムはサンプリングという手法の方向性を加速度的に広げることになった。また、スキットをレコードに加えた最初期の作品としてもこのアルバムは記録されている。その後に登場した90年代のほとんどすべてのヒップホップが、このトレンドを準えていくことになる。94年になると、RZA、フルートクワン、トゥー・ポエティックとともにグレイヴディガズを結成。このスーパーグループでは、後に“ホラーコア”と呼ばれる実験的な音をクリエイトした。さらに90年代も終わりに近づく頃、サイコアナリシス名義作『ホワット・イズ・イット』(96年)でソロ・デビュー、その後も映画サントラ風のラップ・オペラ作『プリンス・アマング・シーヴズ』(99年)やスキットと自奏の生音を活かした『インストゥルメンタル』(05年)を発表。また、ダン・ザ・オートメイターとともに打ち出したハンサム・ボーイ・モデリング・スクールで、トップ・アーティストたちをゲストとして迎えたクロスオーヴァー・ヒット作『ソー...ハウズ・ユア・ガール』(99年)と『ホワイト・ピープル』(04年)も制作した。今まで40を越える数のアルバムに関わってきたプリンス・ポールは、常にヒップホップの枠組を打ち破ってきた才人だ。個性的なヴィジョンと独創的なサウンドを武器に、今まで彼は革命を成し遂げてきたのである。そのアティテュードはこれから先も変わることはないだろう。

 

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